ヘトヘトのボロボロで精神がすり減るが、考えずにはいられない。

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記事を書いて、それを読んでくださると励みになります。

僕の「オノマトペ」ブログは、最近では精神論的なものが多くて

疲れてしまう内容が多いと思います。

僕自身、書いていて自分の気持ちと対峙している時間が長いので

いつもヘトヘトになってしまいます(笑)。

けれど、そうした記事の方が良く読まれている事にビックリ!です。

自分の愚痴や精神状態を整理していることが、他の人にも共通して

いるのだと思うと、こういう悩みは僕だけではないのだなぁ・・・

と、逆に癒されています。

ありがとうございます。

■ 人の気持ち

人の気持ちは、常に動いていると思います。

同じ内容のメールでも、見る人によって解釈の感情が違います。

極端な事を言えば、同じ人でも見るタイミングでも違ってきます。

朝はイラついたメールの内容でも、翌日の朝では何とも思わなかったり。

そんな事が当たり前のように起きていて、そういう人たちの気持ちが

毎日重なり合って社会が動いています。

本当に、凄い事です。

このブログも、昨日はいいな!と思ってくださったとしても、今日は

妙に腹が立ったり・・・

人の気持ちって、そういうものだと思います。

■ 正しいとか、正しくないとか

中学の時、国語がキライでした。

理由は簡単で、読んだ感想を採点されるからです。

人それぞれの感じ方があって良いので、それを点数で優劣を付けるなんて

おかしいと感じていました。

そういう子供だったので、ひねくれて育ちます。

けれど、それはひねくれではなく、自分に正直だといえばなんだか正当化

されたような気がします。

■ 世の中の矛盾

人の気持ちって不思議です。

世界平和を望んでいるのに、平和のために戦争をする。

死後、極楽へ導く宗教が何種類もあって、それぞれの頂点の神を崇めさせる

ために、どこの神様が一番偉い!と宗教同士がもめる時がある。

幸せはなるものではなく、感じるものだと歌っているアーティストが

幸せになろうよと歌うようになった。

■ 知りたいけれど、知ることは不可能

人の気持ちは他人には本当のところはわからない。

自分の気持ちだって、流動的に動いて行ってしまうのに、他人の気持ちを

こうだと勝手に決めつけて、それが続いているように勝手に解釈するのは

あまりにも身勝手だけれど、決めつけて解釈して、自分のなかでそれを

あの人はこういう人!みたいにとどめ続けないと、どうも腑に落ちない。

たちが悪いのは、そういう決めつけと解釈が、大抵、当たってしまう。

流動的なのに、他人の気持ちをとらえて推測し、その推測が当ってしまう

から、これまた、決めつけるのは良くないという倫理観を覆してしまう。

決めつけは良くないけれど、決めつけないとすすめない、その決めつけが

当たっているから、決めつけても良い・・・でも決めつけは良くない・・。

もう、カオスです。

正直な気持ちを言葉に表されても、その人の感情が動けば、あくる日は

昨日と全く違う事を正直な気持ちとして伝えてくるかもしれない。

そこに、その人の「嘘」が加われば・・・もう、何が本当なのかを知る

事はできないのではないでしょうか。

■ では、何を信じる?

考えることでいろいろ分析しても、考えがまとまらない。

まとめようにも色々な可能性が考えられ、そのひとつひとつの場合を

さらに場合分けして分析してみる。

そんなカオスに陥ったら、最初の自分の直感を信じてみよう。

どうせ結論を出せなかったのだから、そのまま悩んで、ただただ時間を

浪費するより、その直感を信じて動くことで悩むことから脱出ができる。

それだけでも良かったと思うことにする。

悩み続けても何も生まれない。

直感とはいえ、とりあえず動くことで、悩むことから脱出という良い

結果を生むことが出来る。

直感で動いた結果、悪い結果を生むかもしれない。

後悔をする結果となるかもしれない。

それでも、もし動き出さなければ、何の結果も出せずに、今なお悩み続

けていることになる。

自分の直感まで疑ってしまったら、もう抜け出せなくなる。

自分の直感は、あくまでも直感であり正解かどうかはわからない。

単なる自分の相手や物に対する買ってな決めつけである。

うがった見方、色眼鏡で見ているときもある。

でも、その直感を、色眼鏡で見ているのかな?なんて疑いだしたら

直感で動くことすらできなくなってしまう。

間違った決めつけでも何でもいいから、悩むという動作から抜け出すことが肝心で

そのきっかけを自分の直感というものに託しているだけだ。

直感が外れたからと言って、自分を責める必要はない。

むしろ、悩むという永遠ともいえる苦悩の時間から脱出をさせてくれた

きっかけを与えてくれたものとして、僕の直感に感謝したい。

その直感が当たっていたときは、感謝どころの話ではない。

さぁ、悩んだら、頭ではなく心に聞こう!!

■ 最後に

こうして書いている事にも、精神はすり減ります。

そんな時、良い方法が思い浮かびました。

「面倒くさいから、全部無視!」

こういうおまじない身に付けました。

考えずにはいられない性格なので、いつも頭の中がフル回転です。

考えたくないと思っても、勝手に考え始めます。

そして、答えを探します。

答えは見つかりそうで、見つかった途端、その答えの証明を始めます。

本当に面倒くさいです。

証明しても、その証明を証明する事になります。

もう、面倒くさいので

「面倒くさいから、全部無視!」

と言って、全てを無責任に放り出します。

面倒くさいというのは、相手ではなく、自分のこういう考える癖の事。

どうせ考え続けても答えが出ないのだし、答えが出ないから、どうせ

途中で考えるのをやめるわけだし・・・

考えることをやめるという事は途中で放り出すことだし・・・

どうせ途中で放り出すのなら、初めからやらなければいい。

初めからやらないのは、面倒くさいから。

だから、”面倒くさいから、全部無視!”をするという手段を編み出しました。

最初に放り投げるのも途中で放り投げるのも一緒。

だったら、くだらないことで悩む時間を他にあてた方が良い。

他に時間をあてるためにも、くだらないことは最初から放り投げた方が良い。

いい呪文だと思いませんか?

いざというとき、カオスな思考回路に陥った時、陥ろうとしている時・・・

いつでも使ってみてくださいね!

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