何もない時代だからこそ、膨大に持て余す時間から超絶作品が生まれたのではないかしら?

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お昼を食べに出かけたとき、ふと、先日の台湾旅行を思い出した。

旅行中に行った故宮博物館内の「象牙多層球」を鮮明に思い出しました。

とにかくすごいもので、人間ってすごいなぁと、再度、感心。

でも、これ、もし僕が当時の人間なら作れるかもしれないと、不謹慎な考えがむくり、むく

りと・・・。

当時、この時代にはゲームやスマホなんて無かった時代。

膨大にある時間をどのように使っていたのだろうか?

男性であれば、気になる異性を思い描き、空想したり、もしかしたら、露天風呂を除きに行

っていたのかな?

行動力のある人間はいいけれど、そうでない男性は悶々としていたかもしれない。

けれど、そんななかにも、なんとか女性を作り出そうとするやつがいてもおかしくない。

絵で描こうとするやつ、絵では満足できずに彫刻で立体的に表現するやつ・・・

きっと、そういうのがきっかけで、女性を表現することがうまいやつがいたに違いない。

特にヨーロッパでは、うまく表現できる人間が多かったのかな?

裸体の彫刻、多すぎませんか?

娯楽もほとんどなく、膨大な時間をこうしたものを製作することに明け暮れれば、おのずと

技術は上達するに決まっている。

よりリアルな女性像を求め、時間のある限りを彫刻に費やせば、結果的にものすごい技術が

身に付き、リアルで精巧な唯一無二の作品も生まれる。

表現力に優れた作者には弟子や親子代々に技術が伝えられていく。

僕もこういう時代に生まれていたら、有り余る時間を欲望を満足させるためだけに黙々と裸

体を彫っていたかもしれない(笑)。結果的にものすごいものを作れる技術が身についてい

たかもしれない(再笑)。

いやいや、不謹慎な話でした。

ところで、先の「象牙多層球」にまつわる話ですが・・・

これは、清代の職人親子3代が100年にわたって彫り上げた多層球です。

わずか直径12センチほどの球の表層に精巧な9匹の龍の彫刻が彫られ、その中には透かし彫

りの幾何学文様が施された24層の球体があります。

なんと、各層の球体は自由に回転させることができます。

現在では製作不可能、もはや神業としかいえない超絶技巧の象牙細工です。

でも、なぜ、現在では製作不可能なのか?

仮に、職人親子3人を、おじいちゃん、お父さん、息子としましょう。

おじいちゃんがある程度作り、その技術をお父さんに教え込みます。そうすると、おじいち

ゃんは殺されてしまいます。息子にお父さんが技術を教え、息子が引き継いで彫れるように

なると、今度はお父さんが殺されます。

最後は、息子が完成させたとき、息子が殺されます。

だから、作り方は残らず、作品だけが生き続けるのです。

怖い話でもあり、清という国の権力を感じるお話です。

・・・で、こんなことをお昼に出かけたふとした瞬間に一瞬のうちに考えてしまう人間の脳

って、すごいなぁ・・・とも思うのでした。

・・・・オノマトペ。