誰が「時間」という概念を人類に与えたのか?必要は発明の母だったのか?言いだしっぺは誰なんだ?

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疑問は突然湧き出る「時間」とは?

風呂に入っていると、突然疑問が沸いてきた。何かっていうと、風呂に入っているとアイデアや疑問などが沸いてくるのは何故だろうか?

朝に風呂に入るのだが、それも影響しているのかな?

今日は、どんな疑問かというと『時間』のこと。もう少し具体的に言うと『時間の概念』についてなのだけれど、そもそも、誰がいつ時間というものを決めたのだろうと不思議に思った。

みんなが腹をすかせる時間は、太陽がこの辺にあるから、この辺に太陽がある時は「昼」としようとか、太陽がこの辺にある時に待ち合わせをしようとか・・・それじゃ不便だから、誰かが、太陽がこの辺にあるときは「末の時」としようって、きっと誰かが決めたわけだよね。

そんでもって、次の時間に移り変わるまでの単位を、1秒が60個で1分、1分が60個で次の時間に変わるというように、これも誰かが決めたんだよね。

何の根拠があって、1秒を60個集めて1分として・・・と数えはじめて、1日が365個集まると1年となり、それが12個集まって1周する・・・なんて決めたんだろう?

必要が無ければ生まれない概念だよね?

とっても不思議。

ふと気が付くと、つい長風呂をしてしまい、あとは調べてみるかと風呂を出て、ようやくパソコンの前に座り「時間の概念 誕生」と検索してみると、いるもんだねぇ、同じような事を考えている人。

「時間の概念 誕生」ネットで検索すると

というか、この問題は、昔から哲学者、科学者を悩ませてきた大きな謎の一つだということが判明した。ふーん、そうなんだと自分自身の着眼点に天才的なものがあるのではないかと自己評価を高めつつも、そうであるならきっと答えは出ていないんだなぁと、少し残念な気持ちで調べてみることにした。

どうしても答えが欲しい

僕が知りたいのは、どうして時間という概念が必要だったのかということであり、1日を24時間に分割するための発明などではない。単純に、なんの不便のために、それを解消するために時間という概念が生まれたのかを知りたいだけだ。

そうすると、僕的にいちばん納得のいく説明に出会った。

古代人にとって、時間というものを正確に測定することこそが、食糧の安定生産に繋がり、生命の危機から脱却して文明を発展させる鍵となる。

というものだ。

確かに、時間や気候(季節)を数学的にはじき出すことができれば、雨季や乾季の把握とともに、無駄な労力をせず、作物を効率的に育てることができる。

1秒だの1分だのという発明はそのあとに登場するものであって、何よりもまず、だいたいこういう感じの時に、種を巻いたら、たくさん収穫できたという方程式のようなものが、古代人には必要であったのだろう。

もちろん、太陽の昇っていない「夜」に種をまくより、「昼」の方が効率が良いわけで、その昇っている間を、どのように区分するのかから、きっと始まったんじゃないかと思う。

僕的には、そうした時間の細分化への気付きはあまり興味がない。

どうして人間は時間というものを考えなくてはいけなくなったのか、考えなくてはならないそもそもの始まりを知りたいだけだったので、先ほどの説明で十分納得だ。

つまりはこういうことだったのか?

昼をとる時間を統一するためでも、待ち合わせの共通時間を設定するためでもない。そんなことではなく、古代人が生きていくための食料を安定的に生産するための手段として「時間」というものを、詳しく知る必要があったということだ。

時間を詳しく知るという行為から、時間の研究に望むには他人とも共通の時間意識を持つ事が必要であり、そのためには共通の単位が必要になり、秒や分、年月日といった単位を考えることになったのだろう。これは「1」を「10」や「100」へと発展させる動機づけにはなったけれど、そもそも「0」から生み出されたものではない。

「0」から「1」となった瞬間。

くどいが、それは、古代人が「食糧の安定生産」と「生命の危機からの脱却」の必要に迫られ、「時間」を勉強しなければならないと思い立った、まさに「0」から「1」、これが時間という概念を生み出した瞬間なのではなかろうか。

参考にしたサイト

1分1秒が惜しく感じる時期だが、普段の生活を規則正しくコントロールしてくれる一方、切迫感も生み出す「時間」という概念は、どのように誕生したのか。時間との闘いを迫られる年末だが、歴史を紐解きながら、その起源に迫ってみる。

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