思慮の足りない人に自分の時間(寿命)を使わせない

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思慮の足りない人に自分の時間(寿命)を使わせるな!

ちょっと強めのメッセージから始まりましたが…
最初にお断りしておくと、呼び止められる側には「おごり」「たかぶり」は無いものとして、話を進めさせていただこうと思います。

みなさんは、人を呼び止めたことがありますか?

普通、横を通る人に声を掛ける場合、その人に用事があって声を掛けます。
その場合、声を掛けた人が相手の方へ歩み寄るのが良いと、私は思います。

呼び止められた人からすると、呼び止めた人に自分の「時間」を使われるということになります。だから、人を呼び止める場合は、相手の時間を無駄に浪費しないためにも、一刻も早く用件を伝えるべきだと思うのです。
相手の時間を無駄に浪費させないという心遣いが必要です。

会社の中には、こういうところが思慮に欠けている管理職がたくさんいます。
人を呼び止めておいて、相手が自分の方に引き返し、近くに来るまで会話を切り出さないという最悪な人もいます。
そういうところに管理職の特権と優越感を感じているのかもしれませんが、これは良くありません。

時間は寿命

「時間」を「寿命」に置き換えるならば、他人が人の寿命を勝手に消費する権利はありません。

管理職だろうが何だろうが、呼び止めるという行為は人の時間を使うことです。

仕事においては、そういうシーンがたくさんあります。だからこそ、無駄に人の時間を浪費してはいけないのです。

人に声を掛けるときには、話すことをあらかじめ頭の中で組み立てて、相手の寿命を極力消費しないように心掛けなければいけません。相手の様子をうかがって、相手に負担が掛からないタイミングで声を掛けるのが良いと思います。

  • 声をかけても内容を切り出さない
  • 声をかけてから話すことを考える

もし、相手にそういう行動をされたら、自分の時間(寿命)を無駄に使われたと思いませんか?そういうことをされたら、腹を立ててもいいくらいのことなのです。

もし、あと1分しか生きられないと分かっていて、そんなふうに呼び止められたら?
もうお分かりだと思いますが「時間=寿命」なのです。

そういう身勝手な人間に呼び止められても、さっさと行ってしまう方が良いと思います。

会社の評価は逆の場合が多い

話はそれますが、誰にでも声を掛け、忙しそうに見える人というのは、段取りの悪い人間のすることです。けれども、会社というのは「目が節穴」なので、そういう人が評価され役職に就いて出世をしていきます。
これでは、たまりません… が、仕方のないことです。

遅かれ早かれ、そういう会社には終焉が来ますので、早めに察知しておきましょう。
気づかいのできない役員が多い会社は、危険です。

品格を備える

人間としての品格を備えるのなら、相手のことを「時間(寿命)」で考えると良いと思います。そうすることで、相手をいたわり、気遣いながらも自分のことをしっかりと見つめ生きていけるような気がします。

そうした筋の通り方が「品」となって、自分の人格に溶け込むことで、その人の「品格」になるのだと思います。

思慮に欠ける人間に対しては、それなりの対応をしましょう。
聞こえていないふりをして通り過ぎるというのは、最善策のように思います。
取り合えば、ただただ無駄に自分の寿命が削られてしまいます。
そうしたことから自分を守るわけなので、自分の心を痛める必要はありません。

因果応報

私がこんなふうに俯瞰(ふかん)で見れるようになったのは、生きているステージが違うからです。人を呼び止める優越感や役職の肩書、誰かよりたくさんお金を稼ぎたいという考えから卒業ができたから見えてきた世界なのです。

私は、思慮の欠けた人を見ても腹は立ちません。勝手にやっていればよいと思います。
けれども、他人の寿命(時間)を削っても良いということではありません。

そういう場面に遭遇した時、私は、『どうか、そういう人に”罰が当たりますように”』と願ってしまいます。…なんとも自分の器の小ささに呆れます。

ところで「因果応報」とはよく言ったものです。
人の時間を浪費した人には、必ず自分自身にもそうしたことが巡ってきます。
天に向かって唾を吐く」ようなもので、必ずいつかは同じことが自分の身にも起こります。

人の時間を無駄にしても平気な人に起こりがちなことと言えば、家族のことで悩みが増えることです。これは、典型的な例です。

家族間の関係がうまくいっていれば、家族のことで思い悩んで余計な時間をすり減らすことはありません。

けれども、他人の時間を浪費しても平気な人には、家庭の問題が急に起こりだします。
子供の非行、突然の夫婦不和、急な身内の病気などで自分の時間を多く消費することになります。

家族のことを想うことは大事なことです。
けれども、本来、削り減らす必要のない時間をこのように突然消費させられるのは「因果応報」のなせる業なのだと思います。

多くの人に対して浪費させてしまった時間が積もり積もって自分の時間の浪費という形で一気に返ってきます。世の中はそんなものです。

だから、思慮に欠ける人を見ても自分でやり返そうとしないことです。
自分でやり返せば、それも必ず自分に返ってきますので「世の中の摂理」に任せてしまいましょう。

自分の時間も相手の時間も大切にする

自分の時間を最大限大事にして、相手の時間も最大限削らないような努力をしましょう。
また、そうした思慮深い人とだけ付き合うことを心がけましょう。
人生、良い仲間とだけ過ごせれば、幸せなことこの上ないと思います。

読める「字」を書く

他にも相手の時間を大切にする場面があります。
それは「字」です。きれいな字を書けというのではありませんが、読める字を書きなさいということです。

仕事でメモを渡すときなどは、相手はそのメモを時間(寿命)を消費して読みます。
その字が汚ければ、余計な時間を使うことになります。

例えば… 字が汚く読めなければ、メモをした本人に聞くことになります。
けれども、字が汚く、署名が無ければ、誰がそのメモを書いたのか本人を特定する時間までもが消費されます。
これは、大変な時間の浪費ですし、こういう無駄は避けたいものです。

せっかくメモをするのですから、相手が読める字で書いた方が良いのです。

中にはこういう考えの方もいると思います。
担当者が不在だから、代わりに電話に出て用件を聞きメモを取った。担当者が居れば、私の時間をこんなことに使わなくて済んだ!…と。
つまり、相手のせいで自分の時間(寿命)を使わされたということです。

その気持ちはよく分かります。
けれども、メモの字が読めないせいで、相手から何と書いたのかを尋ねられることになり、自分の時間をさらに消費されるのは、もっと嫌でしょう?
だから、字は相手が読めるように書くのが良いのです。それが、お互いのためなのです。

まとめ

こんなふうに、ある時、ほんの少しでも時間は寿命だと考える時間を持ちましょう。
そうすれば、段取りが良くなるはずです。
お互いの段取りが良くなれば、仕事や生活がスムーズに流れるはずです。