時間を有効に使えと言われる
いろいろなものを作ったりしていると言われること…
『ヒマ、なんですか?』
という言葉。
ヒマつぶしで作ったものではないのでな、作ったものをいろいろ説明していると、決まって次に言われるのは…
『どうせ作るのなら、もっと便利なもの、多くの人のためになるものを作ったら?』
『そういう時間で資格を取るとか、収入になるものにつなげたら?』
『特許をとったら?』
という言葉が必ず出てきます。
そう言われると私は、少し前までは、言い返す言葉が上滑りしてしまっていました。
説明も面倒になり「どうせわかりゃしねえよ、この感覚。」とか「あなたとは違う次元で生きているので、わからないと思いますよ。」となっていました。
時間は自分が楽しくなるために使う
資格を取ること、その資格を仕事に結びつけること、役に立つものを開発して特許を取ること… いいと思いますよ、それを楽しくてやっているなら。
私も、くだらないものを作ったり、考えることが好きで楽しいから。
資格を取るために勉強することが楽しい!
それと、同じなんです。
私がやっていることは。
だから、ヒマつぶしでやっているわけではないのです。
他人のためにも、まずは自分が充実しないといけない
どうせなら、人様に役に立つものを作って、特許を取って…ということは、楽しくない。
どうしても、主が自分以外になってしまうから。
自分が楽しめる時間を過ごす。
どちらかというと「楽しい」方向だけを選んで生きていきたい。
そうすれば、自分の人生楽しいことばかりです。
そういう楽しいことしか詰まっていない人生を送りたい。
だから、資格取得も同じ。
人のため、世の中をよくするための一歩として必要だからと勉強する…
そういう発想では、絶体長続きしない。
だって、自分が楽しくないんだから。
人のため、社会のためと頑張ることが好きで楽しいならいい。
きっとそこには、それが好き!それが楽しい!と、自分の気持ちが先にあるから。
繰り返すけれど、自分が楽しいかどうか… これが大事。
少し哀れに思う
『もっと時間を有意義に使え。』とかいう人…
それは、その人にとっては、私に良きアドバイスを与えているつもりなんだと思う。
そういう人は、きっと、まず先に他人が楽しみ、社会のためになることを考えられる人で、自分のことよりもまず他人が大切と思える立派な人です。
立派ではないけれど、私も、まず周りを考えてしまうタイプの人間でした。
けれども、むなしくなってしまう時がありました。
人のため、人のため… そうやって生きてきても、なんだか中身が空っぽというか…
そりゃ、自分のしたことで他人が喜んでくれるのは嬉しいし、生きがいにもなります。
でも、自分の中に「自分」というものがないと気が付いたというか…
何においても他人の喜びや楽しさ優先だから、自分の気持ちは、いつも後回し。
そういう時間が長くなると、自分のやりたいことを見つけられなくなってきます。
自分が楽しいと思えることは、すなわち、嫌いではないこと、好きなことです。
そういうことをやり始めると、とても楽しくなる。
他人が見て、くだらないこと、役に立たないことでも関係ない。
私は、それをすること、作ることが楽しいのだから。
そんな考え方が出来るようになった私の目から、私にアドバイスをする人を見ると、可愛そうに思えてくる。
常に他人のこと、お金のことが自分の気持ちより優先されているのが分かるから。
お金が儲からなくても、それが何の役に立たなくても、楽しそうだと思ったらやる。
だから充実する。
そういうものだと思いますよ。