■ 60以上の仕事を経験した僕。
すごいでしょ?!
・・・と、自慢しても、単なる腰の落ち着かないヤツ・・・で終るのが世間。
でも、いいのだ!
きっと、何かの役に立っているのだから。
きっと、これから何かの役に立つのだから。
なにより、人生充実してる。
これだけ、腰が落ち着かなかったら、これはもはや長所。
環境適応力が優れているという事ではないか!?
・・・と、勝手に想っている今日この頃。
僕の経験した仕事を感想を含めて1つずつご紹介。
仕事内容と感想を綴るだけの大して面白くない記事ですので、お暇な時にどうぞ。
■ 大学卒業までに経験した仕事 (13/24)
引越し
大学生の当時、給料が高かったのは肉体労働系。
その中でも「引越し」関係が圧倒的に日給、時給が良かった。
当時、バブルの影響もあったのか、引越しの仕事はたくさんありました。
そんな時代、○○-○○○○-8888で有名な引越し会社でアルバイトをしました。
今思えば、この会社の創業時にアルバイトができたことは、ちょっとした自慢です。
時代はバブル絶頂期。
リビングの窓から、デーーーン !!
・・・と、”東京タワー” の見えるマンションへ引越をしする・・・
場所は、六本木や麻布・・・こんなことは、よくある話でしたが、引越し作業とは
いえ、実際、そういうマンションに入れたことは、良い経験になりました。
本当にすごかった!!
家の広さや窓から見える景色・・・ どれもすごかった。
また、 持ち運ばれる家具やテーブルの豪華なこと!
引越しの作業員にも嬉しいサプライズがいっぱい!
引越しが終わると、作業員全員にデリバリーのピザがふるまわれ、チップもふるま
われました。
大抵、チップは社員に取られてしまい、帰りに缶ジュースをもらえるのがアルバイ
ト員の相場でした・・・。
そういうバブリーな場所の引越し作業では、芸能人を見たこともありました。
あばれはっちゃくの父親役:東野英心さんですけれど・・・。知らない?
「俺は あばれ はっちゃく」 っていうドラマ。
さて、力仕事では、負けず嫌いの僕。
社員が2人で運ぶ洗濯機を1人で運んで、見せつけたこともありました。
その日は、ご祝儀のチップを僕にも分けていただけました。
引越しは時給ではなく日給でした。
1つの引越し作業を1日でこなすことが一つの尺度でした。
早く終わっても、遅く終わっても日給は一緒。
早く終わらせれば、それだけ割が良い!
うまくいくと次の現場も行けます。
その場合、2つの引越し作業となるので、日給は2倍になります!
お金がないときは・・・
(仕送りは残らなかったなぁ、お母さん、無駄使いしてゴメン。)
ケチャップご飯をおかずにして、白いご飯を食べていた僕ですから
日給20,000円はとてつもなく大きい。
本来、車の運転もできると、もう少し日給は良いんだけれど、やっぱり、田舎から
ポッとでてきたイモ兄ちゃんが、都内で4tトラックなんて運転できるわけもなく・・・
いつも助手席で、ナビやら、バックオーライやらをしていました。
当時は、カーナビなんて無かったから地図帳とにらめっこ!
僕、地図、見れないんです。
だから、主に、オーライ、オーライ♪の声出し係でした。
疲労感と達成感を味わうには、引越し屋が最高です。
けれど、今はどうだろうか?
引越し業界も価格競争が進んでいます。
そして、社員の品質向上を目指した徹底的な礼儀の教育。
さらに、ノルマの達成・・・・大変だと思います。
達成感や爽快感を得るためと言う目的だけでは、しんどいかもね。
この仕事で荷物の運び方を覚えました。
ダンボールの角を持つと持ちやすいとか、家具なんかは、後ろの人が高く持ち上げると、
前の人が楽になるとか・・・
あと、「ここは無理でしょ!通らないでしょ!」・・・っていうような狭い”踊り場”を、
家具を縦や横にして通していく・・・そのやり方には、いつも感心していました。
今でも、そこやかしこに、この時の経験が生きています。
以上・・・・オノマトペ。