理論とエネルギー
嫌な上司、理不尽な経営・・・・そうしたことに対して、自分の正当性を訴えるための理論。
新しい仕事を得るために、クライアントをワクワクさせ注文をもらうための理論。
どちらも、相手の感情や言い分を巧みに操るために理論的に段取りをする。どちらも同じくらいのパワーを使うのだけれど、前者は疲れるばかりだ。一方、後者は疲れどころか、次のエネルギーすら湧いてくる。
どちらの理論を組み立てて、そのためにエネルギーを使えばよいのかは明らかだ。
負へのエネルギー投資
先ほどのように、相手をギャフン!と言わせ、自分がスッキリするためだけに策を講じるようなエネルギーは、最後には何も生み出さない。そこに待ち構えているのは、良くて喧嘩両成敗の両者とも解雇や減給といったものだ。
相手が会社なら、自分の理論が通ったところで、会社は問題因子として本人を解雇すればそれで終わり。良い事は一つもない。
唯一、一瞬、自分がスッキリするだけ。
正へのエネルギー投資
提案先が喜び、ワクワクさせることができれば、注文が入ってくる。注文が実績となり、ほかのお客にも売れ始める。
そんな見通しが立つような、最初の一歩を理論的に考えながらも楽しいものとする工夫。そんなところに自分のエネルギーを注ぐことは、先ほどのように、未来につながる可能性がある。そんな、次々とつながる仕事に自分自身も嬉しくなる。
負へのエネルギー投資は、最終的に自分が行き詰まるのに対し、正へのエネルギー投資は、どんどんワクワクが増殖していく。しかも、最初に注いだエネルギーはそのままに、勝手に増殖するので効率が良い。
正と負のエネルギー投資 どちらが良いですか?
尋ねるまでもなく、正へのエネルギー投資の方が良いです。
ただ、怒りや悲しみに支配されているときは、正常な判断ができない。また、怒りの場合は、どうしてもやり返してやりたいという気持ちが強くなってしまいます。こういう時は、やり返したところで得られるもののメリットを具体的に書き出す作業をしてみます。
とってもメリットが少ないことに気が付けば、徐々にクールダウン出来ます。そして、そうしたところにエネルギーを注ぐのはもったいないと、気が付き始めます。
同じエネルギーを使うのなら、無駄にならない方が良い!
たまたま、今日という1日に、僕自身のエネルギーを正に注いだ午前と、負に注いだ午後があり、そのエネルギー量がほぼ同量だったので、こんなことに気が付いたのでした。