劣等感を吹き飛ばせ!私の劣等感が吹き飛んだ時。

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以下の記事をお読みになることで、少しだけ、勇気づけられる人がいればいいなぁ・・・

そんな気持ちで、この記事を書いてみます。

劣等感を18年前に持つことになったキッカケ

一度目の独立の時のこと、浪人中の仲間と新宿で飲むことになりました。

有名デパートの外商部で出世をしているAくん、自分で事業を起こし会社経営をしているBくん、警察官巡査のCくんと私の4人で席に着くと、最近の近況を報告する流れとなりました。

「おまえ、大丈夫なのか?」

AくんもBくんも私を心配しながらも、どこか勝ち誇ったような余裕をまといながら、上から目線で言葉を投げかけてきました。

自分のビジネスを一通り説明し終えると、難しい言葉を交えてダメ出しが始まりました。そこにCくんも、二人はお前を心配してアドバイスしているんだぞ・・・と言わんばかりに、自分は安定した生活だけど、お前は不安定だなといった雰囲気で会話に入ってきました。

当時の私は、確かに甘かった。

顧客ターゲットや分析もせず、ただただ、一目散に売る!という気持ちだけで仕事をしていたので、ツッコミどころは満載だったのかもしれません。

その時は真摯に受け止め、悔しい思いをしながら帰路に就いたことを覚えています。

あの友達は18年後どうなったか

Aくんは単身赴任で4年目の生活に入ります。

Bくんは、自分の会社を潰してしまい、転職してサラリーマンをやっています。

Cくんは、地元で警察官を続けています。

私は勝った!と思いました

Aくんに対して勝ったと思ったこと

Aくんに、単身赴任は大変だね、身体に気を付けてとメールを送ると返事は無し。しばらくして、おまえも頑張れよ!というメッセージがきましたが、私の送った内容に対して、たった1行での返答でした。

この時、Aくんは、私を羨ましく思っていることに気が付きました。会社の命令に従わなければいけない自分に対して、私にはそういうストレスはありません。好きな時に好きな仕事をして、好きなように時間を使えます。

そんなことを人生という時間を使い切るというものさしに当てはめた場合、私の方が人生が充実していると感じたんだと思います。また、それが羨ましかったのだと思います。

そんなAくんの感情を読み解いたとき、勝ったと思いました。

Bくんに対して勝ったと思ったこと

Bくんに、再就職のお祝いもメールしたけれど・・・「続けているということが”勝ち”」というメッセージが返ってきました。きっと、自分は会社を潰したけれど、おまえは何とか続けているということを言いたかったのだと思います。

やはり、自分で自分の時間をコントロールできていた社長という立場から、人に時間を管理されてしまう立場でお金を稼ぐということは、プライドが傷ついたのでしょう。だから、私の素直なお祝いメッセージにもひねくれてしまったのだと思います。

確かに、私からしてみれば、あれだけ難しい単語をポンポン並べて、ターゲットだのマーケティングだの言っていたのに、そういうことを知らない私の方が会社を潰さず生き残っているのだから、お祝いのメッセージもイヤミと取ったのかもしれません。

そう考えると、続けるということは「信用」なんだなとつくづく思うとともに、Bくんに勝ったと思いました。

ふたりに勝ったという自信は、今でも私を支えています。

勝つことと収入は比例しないがポイントはそこではない

ふたりに勝ったのは精神的な事であり、収入面ではAくん、Bくんの方が圧倒的に上です。ただ、人生という時間を考えたとき、仕事に多くの時間を割かなければいけないのが現代です。しかし、どのように割くかというのが重要だと私は考えます。

  • 家族と離れお金を稼いでも、人生何が面白いのだろう?
  • 人の命令に時間を割き、収入を人質にとられ仕事をすることに何の意味があるのだろう?

負け惜しみに聞こえる方も多いと思いますが、私は人生という時間をいかに楽しく充実させるかというところで暮らしています。

そのものさしで考えると、AくんやBくんには圧倒的に勝っていると気が付きました。

18年前は、仕事に対して効率よく収入があるかどうかだけをものさしとしていたので、あの飲み会で敗北感を感じたのだと思います。若い時は、そういうものだと思いますし、それがバネとなり、躍進することも多々あると思います。

まとめ

何が勝ちで、何が負けなのかは、ものさしとなる基準が違えば異なります。

人生というのは、生きている時間です。ドンドン時間が無くなっていきます。その時間を何で埋めるのか?「怒り」や「悲しみ」だけで埋めるのか、「不安」や「妬み」で埋めるのか?

私は、できるだけ「楽しさ」で埋めたいと思います。残念ながら、このように決めたのは、つい最近のことです。だから、もっと真剣に残りの時間を「楽しさ」で埋めていこうとしなければいけません。

楽しさの中には辛いこともあるかもしれません。例えるなら、野球は好きだけれど練習が辛いといったことです。でも、楽しさが勝っている場合は、続けましょう。もし、辛さが勝ってしまったら、野球を辞めましょう。楽しくなくなったものはやる必要がありません。楽しいものだけで時間を埋め尽くすというのは、そういう判断も必要です。

楽しいと思えることだけしかしない人生と、我慢ばかりする人生・・・どちらが良いですか?

AくんもBくんも、そこに気が付いたのだと思います。

私の方が収入は少なくても「楽しそうに生きている」ことが羨ましかったのだと思います。

他人と比較せず、ただただ「楽しく生きる」。これが、大切だと思います。