僕の人生観

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僕が生きたい道

好きな事というか、自分自身がやりたいことをやる。

ただ、これだけをやり続け、生きていきたいと願っています。好きなことというのは、楽しいことや嬉しい事、人を喜ばせる事も「好きな事」に入ってくると思います。

僕の中で、好きなことは「楽しい事」という感覚があります。

楽しくない事をしている時間は、僕の人生にはないのだと50歳も後半になって気が付きました。人生の折り返しとか、大病を患ってといったキッカケは特にないのですが、そんな風に思い始めました。

理想の人物像

所ジョージ

僕が、どれだけ所さんの事を知っているかと言えば、ほんの少しだけテレビで知っているくらいです。だから、すべて所ジョージになりたいというわけではないのだけれど、ああいう感じに歳をとっていけたらなぁと思います。

所さんは多趣味で、どれも趣味というにはその域を出てしまっているものが多いです。しかし、プロに勝るかといへば、そんなことはないです。

プロのレベルを基準にするならば、どれも中途半端で、それを職業にするにはレベルが足らない。でも、本人は、そこを目指していないように感じるのです。

趣味とプロ

僕も趣味は多いのです。

しかし、プロのレベルではありません。どれも中途半端です。

人から「多趣味だね~」と言われると、馬鹿にされている気分になります。

つまり、どういう事かというと、”どれも中途半端で極めたものが無いね!”と言われている気分になるのです。

”極めれば、それはプロであり、プロになったら、それで飯が食える。そうならないのなら、趣味なんか、もっと適当でいいんだよ。あなたみたいに道具をいっちょ前に道具を揃えて、途中で飽きてしまうのなら、道具なんか揃えないで!”

そんなふうな風当たりのある環境で育ってきました。

だから、自然と”これ好きだなぁ”と思ったことでも、本当にこれをやるのかとよくよく考え、これはプロまで極める趣味だろうか、そしてプロになって仕事をしようかなどと、そういう考えが先に浮かび、そうしてようやく趣味として始めるような人生でした。

所ジョージの影響

所ジョージさんを見て、僕もこうなりたいと思ったわけです。

好きなことは好き、だから始める。

飽きたっていい、好きではなくなったのだから、やめればいい。無理に続けることで、嫌な気持ちになることの方が良くない。だから、やめる。

そこにお金の問題は必ず付いて回るのだけれど、お金のことを考えるということを優先してはいけない事も所さんを見て気付かされました。

趣味をやるためにお金を考えると、趣味でお金を稼ごうとする。

結果、趣味なのに収益を考えるわけだから、お金をとれるレベル=プロを目指すということになり、窮屈になります。

そうではなくて、お金がないながらも最初は工夫して趣味を始めます。

物がなければ、中古や手作りのものを代用します。人の知恵を借りる事もあります。そうした「ご縁」が、楽しいことをするグループとなります。

そうした人の集まりが、雑誌社の目に止まり、取材などが行われ、結果的に収入になります。

楽しくワイワイやっていたら、いつの間にか商品化されて収入も得られるようになります。
しかし、プロではないので、収益のことを一生懸命考えなくてよいのです。

考えることは、ただただ、楽しいことをしているかということだけです。

そうして、自分の好きな事、楽しいことをただただやっているように見えるのが「所ジョージ」という人です。僕には、そのように映りました。そして、僕も、今まで考え過ぎて始める事の出来なかった趣味を含め、いろいろ始めてみたいと思いました。

僕はどんなふうに生きるか

好きな事、楽しい事しかしないで生きる。そんなふうに生きたいです。

好きな事、楽しいことの中にも、辛いこと、苦しい事、嫌なことはたくさんあります。ビリヤードが好きでも、うまくなりたいと思えば練習が必要で、その練習は、大抵、下手くそな自分との心の葛藤ですから、楽しくありません。

しかし、そういうものは楽しいという枠組みの中に存在する、一部分です。

そもそも楽しいというグループに属しています。

しかし、こういうものではなくて、本当に嫌なことや面倒臭い事・・・つまり、心がマイナスの方向に動かざるを得ない状況というものがあります。

そうした時の対応を以下の様にする事で、なるべく楽しい人生に影を落とさないようにしたいと思います。

嫌な事

○○をしなくてはいけない、嫌だなぁ。

こういう時があります。こういう時は、嫌だなぁと思う前に行動してしまうことで、解決できてしまいます。

嫌と感じれば感じるほど、それをやらなくて良い理由を考えはじめます。考え始めるとそうした時間ばかり長くなり、ますます、やりたくなくなってきますので、○○するの・・・という気持ちがでたら、即、行動してやってしまいます。

どちらも嫌な事

どちらかを選ばなくてはいけないようなときがあります。

しかし、そのどちらも楽しいことや好きなことではありません。そのどちらかを選んで進んでいかなければならない時は”どちらかと言えば楽しい方”もしくは”どちらかといえば苦しくない方”を選ぶようにします。

少しでも楽しさがある方を選べば、楽しいことで人生を埋めることができます。

あと、挫折感を味わないようにすることも重要だと思います。

趣味以外でも、一度始めたのに飽きてやらなくなることはたくさんあります。そんな時、周りの人間は”飽きっぽいやつだ”というように、そうした視線や言葉を投げかける時があります。

そういう時、それを真に受けていると、人に気に入られるような趣味を選んだり、続けたくない事を続けようとしたりします。

それは、楽しい人生を送れなくするものです。

人の視線や言葉なんて気にせず、好きになるのも自由だけれど飽きるのも自由だというくらいにに考えて、自分の気になることや好きな事、楽しいことを見つけては始める。そして、楽しくなくなったらやめる。

そんなふうに生きていきたいと思います。

馬鹿な事、くだらないことでもやる

結果が見えているようなつまらないことでも、やりたいと思ったらやる。

子供の時は、バック転をしたら危ないとかを考えていませんでした。カッコイイからとか、もてたいとか、とにかく、やりたいからやるというブレない心(笑)でやっていました。

最初は怖くても、出来るようになると嬉しかったし、辛いとも思わなかった。

大人になると、理屈や意味を最初に求めてしまうので、なんの生産性もないバック転なんかを練習して出来るようになりたいなんて思わなくなります。

こういう大人からは脱却したいと考えています。

作っても、どうせ捨ててしまうようなものでも作る。

きっと、使わないだろうというものでも作る。

やっても無駄だろうと思ってもやってみる。

頭ではなく、心がやりたいと思ったことをやる。それがくだらなくても、馬鹿らしくても。

こんな人生観で、ボチボチ、生きていこうと思います。

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