声出しの練習、いる?へんな抑揚がたまらなく恥ずかしい。

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部活動で嫌だったこと

中学までは体罰というものが無かったけれど、高校ではそれがあった。

体罰は一番いやなものだけど、中学から嫌なことがあった。

ひょんな拍子に思い出したのだけれど、独特の掛け声‥‥

ウォーミングアップする時、練習する時、応援する時とその学校や部活で独特の掛け声があります。

掛け声、大声、大嫌いでした。

掛け声

中学に入って驚いたのは、ランニングする時の掛け声がとても変だったことです。

『とーきーわーっ! ホイ!』

それを聞いて、私は「なんだ、ホイって!?だっせー。」と中学一年の春に思いました。

全然、全く、走るペースと合っていない。

変な抑揚もあり、ダサくて恥ずかしい。

けれど、一年生はこれを覚えなければいけなくて、ランニング中は率先してこの掛け声の声出しをさせられました。

この掛け声は、全国の部活の数だけあると思われます。

そして、強豪校ともなると、それがカッコよく聞こえたりもします。

中学二年にもなるとすっかり慣れてしまい、誇りすら感じています。後輩への指導も熱心に、この掛け声を強要し、わが部活の誇りだと言わんばかりになります。

大声を出す

高校に入るとやらせられるのが、グラウンドでの発声練習。

一年生は、大声で好きなクラスメイトの子の名前などを言わされたりします。

「バッカじゃないの?!」といつも思っていました。

もちろん、掛け声は中学、高校、大学とありましたし変な抑揚のままです。

けれども、グラウンドでの発生は高校生活においてのみでした。

これが、毎年一年生の試練であり、風物詩でもあるのですが、悪しき風習だと思っています。

『僕の好きな女のこは、○○高校のXXさんでーーーーす!』とか、何の練習でしょうか。

声を出す意味

声を出す意味は、いざというとき…
例えば、バスケットやサッカーならパスをもらう時、野球ならフライをとるときに声を出すことで、つまらないミスが無くなるというのです。

これ、先輩に聞いたときにそんな答えが返ってきた記憶があります。

だからって、変な抑揚の掛け声や好きな子を大声で叫ぶとか、いらなくない?

羞恥心を捨てる、度胸を付けるという理由も出てきそうですが、どれも説得力に欠けます。

そもそも、声を出さなければいけないと強要されるのが嫌でした。でも二年生になれば平気で一年生に強要していたのですが、これも悪しき風習だと思います。

自分もやってきたんだから、やらせるという…
これ、日本の社会の縮図だと思います。

強要されると楽しくない!

一度、掛け声無しで練習し、練習しつくしてもうまくならない、強くならないとなった時、

『掛け声が重要らしいよ~!』

と言われれば、強く、うまくなりたい一心で声を出したと思います。

きっと、そのような教え方をしないのは、掛け声はさほど重要ではないという証明ではないかと思います。

嫌なことを思い出したきっかけは、隣の中学の変な掛け声からでした。
とてもも嫌な気分になり、それを紐解くと、こういう記憶がよみがえってきました。記憶がよみがえって初めて、中学一年の春に感じた、正しい自分の感性が蘇ってきたのです。

あの掛け声と強要は、いらない。

本当にうまいやつは、声なんか聞こえなくたってパスを出すし、フォローもする。
まして大歓声の中においては、声なんか聞こえない。
そんな中でプレーできるようにするためには、大声を出す時間を他のトレーニングにあてるべきだと思います。

・・・・と、変な想い出を書いてみました。オノマトペ。