本を1,000冊読む!そもそものキッカケを思い出した。

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私がどうして本を読んでいるのか?

何のために本を読み始めたのか?

読み始めて、少しすると、こんな疑問が生まれてきました。

そして、その疑問に対して、自分と自問自答して、こんな記事を書いています。

仕事に行き詰まり、

やりたいこととは何なのか?

オンリーワンの仕事とは?

仕事の方法・・・・

そういうことにすごく悩んでいました。

好きなことをして成功している人はどんな人なのかを国内で見渡してみても、胡散臭いIT起業家のようなサイトや本しか見つからず、世界に目を移しました。

すると、ユダヤ人や華僑の人たちに注目することになりました。

世界のどの場所に行っても仕事を成功させてしまうユダヤ人や華僑の人たちに興味を持ちました。

それが、本を読み始めたきっかけです。

しかし、そうした本を読んだ後も本を読んでいるのは、答えのようなものが見つからないからではありません。

答えは見つかっていませんが、仕事をそういう目で見ることを止めたことで、そういう仕事に対する心構えというものを考えなくてもよくなりました。

話しはそれますが、楽しく生きるということを掲げたことで、全ては楽しいかどうかで判断するようになりました。オンリーワンとか責任とか・・・そんなことを考えるよりも先に、その仕事は楽しいのか?

これを考えるだけになり、悩みはほとんどなくなりました。

さて、そういう意味では、ユダヤ人や華僑の人たちの仕事の方法を参考にしたり、ビジネスで成功するための心構えとか、そんなものを学習するための読書は必要なくなりました。

それでも、本を読み続けているのは何のためか?

・・・・思い出したことがあります。

それは、先輩に生きがいとかやりがいについて質問した時のことです。

当時の私は、納得できる夢中になることを探していました。人生を充実させたかったんだと思います。

その夢中なものが仕事と結びつき、収入を得られるような人生を探していたんだと思います。

探しても見つからないから、本に救いを求めたわけですが、そんな話題の会話の中で先輩は私にこう言いました。

何でも1,000という数字は、区切りの良い数字というか、目標にすると達成感がある数字というか・・・そういうものを何かやってみたらどう?

(なんでもいいのか?と、そう思い)

『例えば、1,000冊本を読むとかでも?』

と、訊くと・・・

「いいじゃない!まず、やってみましょうよ!」

と、こんな風なところから、とにかく、1,000冊を読むということになったのだと思い出しました。

だから、1,000冊読むということに関しては、何の理由もないんです。

区切りの良い1,000という数字に向けて読んでいるだけなのです。

何も難しくない始まりなのに、読んでいるうちにどこからか疑問が沸いていました。

気楽に読む。

1,000冊読んだら、次の新しい1,000でも良い。

その時見える景色があるかもしれないし、ないかもしれない。

そんなことはどうでもよい。

1,000冊読むと決めたから、読む。

ただ、それだけ。